「 す む 」
会期/2023年10月14日|土| – 22日|日|
18日|水|,19日|木|は休館
10:00-16:30(最終入場16:00)
※20日のみ10:00-15:00(最終入場14:30)
会場/山廬(山廬文化振興会/406-0851 山梨県笛吹市境川町小黒坂270 )
共催/一般社団法人山廬文化振興会
助成/NPO法人山梨メセナ協会
入場料/二千円(山廬賛助会員/千五百円 ※会員証提示)
日本を代表する俳人、飯田蛇笏、飯田龍太の生家である山廬での展覧会。
二人の俳人が作品で表現している自然への敬愛。素朴でありながら美しい作品の数々、その「美」とは何か。
空間と自然にあるがままに向き合い、二人が作品を生み出した江戸時代の主屋、竹林とどう調和させていくか。「俳句の聖地」を五感で感じられるような空間を目指す。染色作家、古屋絵菜の新作を展示。
1、古屋絵菜(染色作家)
武蔵野美術大学工芸工業デザイン科テキスタイル専攻卒業後、同大学大学院修了。上海大学国際交流学院卒業。主にろうけつ染めを用いて、花をモチーフとした作品を制作、国内国外で発表している。2013年にはNHK大河ドラマ『八重の桜』において、5月度のオープニングタイトルバック用に作品を提供。2020年-2021年ハーゲンダッツ抹茶flavorのART PACKAGE制作。
2、山廬
蛇笏の別号であるとともに、蛇笏、龍太の居宅及び敷地の総称でもある。山廬という呼称は、蛇笏が「山の粗末な建物」と自らの居宅を表現した創作である。
主屋は江戸時代後期の建築。柱など主たる部分は建築当時の状態を保っている。邸内の赤松は樹齢400年と推定され、三方に枝を広げた見事な姿である。
裏には竹林が広がり、狐川が流れる。橋を渡るとそこを後山(ござん)と称す。丘の上に立つと甲府盆地、甲斐の山々が一望できる。
3、飯田蛇笏 明治18年(1885)~昭和37年(1962)
八代郡五成村小黒坂(ひがしやつしろぐんごせいむらこぐろさか)(現笛吹市境川町)に生まれる。小さいころから俳句に親しみ、月並俳句の句会に参加していた。
甲府中学、京北中学(東京)を経て早稲田大学に進学。若山牧水らと親交、俳句、小説を発表。在学中から高浜虚子に認められ頭角を現す。
大学中退後、生涯境川で過ごす。大正4年(1915)創刊の俳誌「キラゝ」選者を経て主宰。「雲母(うんも)」と改め、大正、昭和の俳壇を牽引した。
没後、その業績を記念して俳壇最高の賞「蛇笏賞」(角川文化振興財団)が創設された。
4、飯田龍太 大正9年(1920)~平成19年(2007)
東八代郡境川村小黒坂(現笛吹市境川町)に蛇笏の四男として生れる。甲府中学卒業後、折口信夫が教鞭をとる國學院大学に進むが肺浸潤、肋骨カリエスを患い休学。大学を卒業するも、三人の兄が相次いで病死、戦死したことから生家を継ぐ。その後俳句に専念し、戦後俳壇に伝統派の旗手として頭角を現し、蛇笏没後は「雲母」を主宰する。
平成4年(1992)8月、72歳の時雲母900号をもって終刊。一切の作句活動を断つ。
日本芸術院賞恩賜賞、紫綬褒章。日本芸術院会員。
平成26年(2014)「龍太賞」(NHK・NHK学園)が創設された。